コーヒーを焙煎する前に生豆を洗うことの是非については、以前より賛否両論があります。
今回の記事では、いろいろと論争のあるこの「焙煎前にコーヒーの生豆を洗う or 洗わないことの是非」についての問題を、様々な意見を参考にしつつ、考えてみたいと思います。
この問題に興味のある方の少しでも参考になれば幸いです。
生豆を洗う? or 洗わない? 論争
まず、結論を先に簡単に述べておきます。あくまで私見ですが。

1.コーヒーの生豆は、焙煎前に水洗いしなくても、基本的に問題はありません。水洗いすると手間はかかりますが、スッキリした味になりやすいのが特長です。

2.ただし、人によってはコクがないと感じるかもしれません。コーヒーは嗜好品なので、洗う洗わないは、一度試してみて自分の好みで判断するのが一番です。

3.自家焙煎のお店の場合は、販売する商品(コーヒー)の選択肢の一つとして、お客様のニーズの有無で判断するのがよいでしょう。
★ 水洗いするメリットとデメリット ★
メリット
・スッキリとクリアな味になりやすい。ただし、人によってはコクがないと感じるかもしれません。
・表面の汚れ、ゴミ・ホコリを落とせる。チャフ(薄皮)が取れやすくなる。
・洗うと空豆は浮きますし、ハンドピック(欠点豆の選別)も、洗った後のほうが見つけやすくなる。
デメリット
・手間がかかる。
・水分が残ったまま焙煎すると、焙煎ムラや生焼けになりやすい。
・水分管理を誤ると、カビの原因にもなる。
生豆を洗う焙煎法がある!
焙煎前にコーヒーの生豆を洗うことについては、そういう焙煎の方法があることは知っていたものの、特に興味を持って調べ始めたのは、福岡の名店「珈琲美美(びみ)」の店主・故・森光宗男(もりみつむねお)さん(※1)の著書を読んで、森光さん流の焙煎法が「焙煎前に生豆を洗う」ことであると知ってからです。
福岡で長年、コーヒー文化の普及にも尽力され、国内はもちろん、海外にも多くのファンをお持ちでした、森光宗男さんは、その著書(モカに始まり「焙煎・抽出・美美編」…現在、新刊では入手困難)の中で「洗豆」について、次のように記述されています。
コーヒーのルーツ・エチオピアでは、一日に2~3回「コーヒーセレモニー」をやる。そこでは、コーヒーを炒る前に、鉄鍋の中でゴシゴシと手で研ぎながらコーヒーの生豆を洗うのである。そして水を切り、やおら火の熾った七輪の上に乗せ、炒り始める。初めて目の当たりにした時、驚いた。なぜなら、私も炒る(焙煎)前にコーヒー豆を洗っているからだ!地球の裏側でも同じことをしていたとは感慨深い。
引用元: 森光宗男.モカに始まり「焙煎・抽出・美美編」.手の間,2018 改訂初版,13p.
これを読みますと、森光さん流の生豆を洗う焙煎法は、エチオピアのコーヒーセレモニー(カリオモン)からヒントを得たものではない。ということがわかります。
★ エチオピアのコーヒーセレモニー「カリオモン」については、別の記事で詳しく解説していますので、あわせて参考にしてください。↓こちらの記事
さらに読み進めますと、この生豆を洗う(水ではなく50度のお湯で洗い、一晩寝かせる)焙煎法は、森光さんが自ら編み出したもので、その師匠である故・標交紀(しめぎゆきとし)氏(※2)から受け継いだものではない。ということもわかります。
なお、下線は引用者によります。
私は、米の炊飯法をヒントに自分流の焙煎法を編み出した。
引用元: 森光宗男.モカに始まり「焙煎・抽出・美美編」.手の間,2018 改訂初版,14p.
まず焙煎する前夜に、コーヒーの生豆を寸胴の鍋を使って50度の湯で洗い、ザルにあげ、一晩寝かせたうえで、朝方、焙煎する。
※1 森光宗男氏:日本の自家焙煎コーヒー御三家(※2)の一人と謳われた吉祥寺「もか」の故・標交紀氏に師事、1977年に福岡市にて自家焙煎ネル・ドリップの店「珈琲美美」を開業。モカコーヒーへの探究心と、類いまれな焙煎・抽出の技術で全国にファンを広げ、コーヒー文化普及にも尽力した。2016年12月急逝。
※2 自家焙煎コーヒー御三家:銀座カフェ・ド・ランブルの故・関口一郎(2018年逝去)氏、南千住カフェ・バッハの田口護(まもる)氏、吉祥寺もかの故・標交紀(2007年逝去)氏。
そもそも生豆を洗う必要はあるの?
焙煎前にコーヒーの生豆を洗う必要性に関して、ある書籍に簡潔にまとめられた記述がありますので、少し長くなりますが引用します。
コーヒーインストラクター検定のテキストである「コーヒー検定教本」(全日本コーヒー商工組合連合会発行)の編集委員でもある石脇智広さんは、その著書(コーヒー「こつ」の科学)でコーヒーに関する様々な疑問にQ&Aスタイルで、科学をからめて、わかりやすく説明されています。
Q51 生豆は洗わずに使ってよいのでしょうか?
引用元: 石脇智広.コーヒー「こつ」の科学.柴田書店,2008,112p.
生豆はむき出しの状態で袋詰めされて輸送されてきます。たしかにあまり清潔なものではないかもしれません。ものによって、水に漬けると水が泥水のように濁ることもあります。
生豆に付着している微生物を検査してみると、私たちの目には見えませんが、生豆1gあたり1万個の菌(もちろん害を与えるようなものではありません)が検出されることも珍しくはありません。
しかし、洗う必要があるわけではありません。焙煎時にほこりなどの大部分は落ちてしまいますし、微生物は焙煎時の熱によってほぼ死滅してしまうからです。
逆に、洗って使う場合には注意点が2つあります。
第1の注意点は、水に漬けすぎないことです。水に漬ける時間が長くなるほど大切な風味の構成要素である諸成分が失われていくことになります。
第2の注意点は、適切に乾燥させることです。このとき、乾燥に時間がかかるとカビが繁殖することがあり、短時間で乾燥させすぎると乾燥ムラができて焙煎時の煎りムラにつながることがあります。
どうしても洗いたい場合は、サッと洗って適切に乾燥させ、できるだけ速やかに使うことをおすすめします。
…以下省略
● 上記引用文の内容を簡単にまとめると、次のようになります。
・生豆を水に漬ける(洗う)と水が泥水のように濁る → 目には見えないが、生豆には菌やほこりが付着している → しかし、焙煎時にほこりなどの大部分は落ちてしまうし、微生物は焙煎時の熱によってほぼ死滅してしまう → したがって、焙煎する前に生豆を洗う必要があるわけではない。
・洗いたい場合 → サッと洗って適切に乾燥させ、できるだけ速やかに焙煎すること。
★ 生豆を洗った時の汚水 ★

実際に生豆を洗った時の汚水を見ると、こんなに汚れているのか!と衝撃を受けると思います。
お米を炊いたり野菜などの食材を調理したりする時に、お米を研いだり食材を洗ったりすることが、ごく当たり前の感覚からすると、理屈はどうであれ(この汚水を見ると)気持ちの(良い悪いの)問題として、生豆も焙煎する前に洗った方がよいと考える人が一定数いても不思議ではありません。
日本ではポピュラーな抽出方法であるペーパードリップのように、フィルターでこして抽出する方法であれば、まだ許容できるとしても、例えばトルココーヒーなどのように、小鍋(イブリック)で直接煮出して抽出する方法だと(この汚水を見ると)ちょっと躊躇してしまう人もいると思います。
前述のようにエチオピアのコーヒーセレモニーでは、素焼きのコーヒーポット(ジャバナ)で、直接煮出して抽出しますが、生豆を炒る前に、鉄鍋の中でゴシゴシと手で研ぎながら洗います。
お店で販売する商品の選択肢の一つとして
焙煎する前に、いちいち生豆を洗っていたら手間ばかりかかって仕事にならないので、現実には、ほとんどの自家焙煎のお店では生豆を洗っていません。
しかし、生豆を洗ってから焙煎されたコーヒーを、お店で販売する(付加価値のある)商品の一つとして考えると、また違った選択肢も見えてきます。
そこで参考になるのが、横浜のコーヒーコンサルタント・中野弘志さん(※)の書籍です。
※ 中野弘志氏:株式会社カリタの企画室長を務め、在職中「コーヒー豆売上倍増マニュアル」を制作。カリタ退職後、コーヒーコンサルタントとして自家焙煎開業を指導。
中野さんの著書の特徴は、類書によくあるような焙煎技法に関する理論的な記述や具体的な焙煎方法などの記述は、ほとんどなく、自家焙煎開業のやりがいやコーヒーの商品としての売り方などに重点を置いた内容になっていることにあります。
中野さんには、私の知る限り、3冊の著書がありますが、残念ながら今現在、新刊では入手困難なものもあります。
・「コーヒー自家焙煎教本」柴田書店,2001 初版
・「コーヒー自家焙煎いざ!!開店」柴田書店,2006 初版
・「コーヒー自家焙煎が分かる本」三省堂書店/創英社,2021 初版
● 研ぐ(洗う)コーヒーに関する記述の要点をまとめると、次のようになります。
1.味
生豆を「研ぐ」と見事な切れ味(※1)のコーヒーができる。スッキリした味になる。
米は研ぐとおいしさが向上する(※2)。これと同じように、生豆も研ぐと味が格段によくなる。研いだコーヒーの味は飲んだ後がさっぱりしていて切れ味のよさが楽しめる。
※1 切れ味:飲んだ後の喉ごしのスッキリさ。
※2 米は研ぐとおいしさが向上する:お米を研ぐ目的は、精米した米の表面に残った肌ヌカやゴミ・ホコリを、水に浸して米同士をこすり合わせて取り除くためです。しかし近年では、精米技術の発達により、ほとんどヌカが残ることはなくなったため、軽く洗う程度でよいとされています。
●補足:中野さんは、お米に例えて分かりやすく説明するために「研ぐコーヒー」と表現されていますが「研ぐ」というより「洗う」と表現する方がより近いと思います。
というのも、お米は研ぐ(水に浸して米同士を強くこすり合わせる)ことによって、表面にうっすらと傷がつき、そこから水分が効率よく吸収されてふっくらと炊き上がるという効果がありますが、コーヒーの生豆は水分を吸収させる必要がない(むしろ吸収させたくない)ので、力を入れて「研ぐ」というよりも、優しくサッと「洗う」感覚でよいようです。
2.方法
方法は米を研ぐ要領と同じでボールに生豆を入れて湯に浸して汚れを洗う。
水でもよいが湯の方が汚れは落ちやすい。手を使って生豆を強くこすり合わせると付着物がとれる。湯はすぐに不透明になる。空豆は浮く。何回か湯を変えてとぐと生豆は鮮やかなグリーンビーンズに生まれ変わる。そうなると欠点豆ははっきりと見えるからこれは取り除く。
少量を研ぐ時は、生豆をボールに入れて湯に浸し手で洗う。4回流すと汚水が除去される。多量の時は米研ぎ器で。
3.乾燥
とぎ終ったら滴を切って広い紙の上に移して乾かす。すぐ焙煎してもよい。残留水分が多いためザルに入れて6時間ほど天日乾燥するのも方法。
ただし、翌日までには焙煎しなければならない。それ以上経過するとカビが発生、黒くなり成分の劣化が始まる。
4.焙煎
焙煎はいつもより少し時間が長くなる。これは湿り気が少し残っているためである。火力を強くして、イチハゼ後通常焙煎の火力に落とす。
5.商品
焙煎する前に、いちいち生豆を洗っていたら手間ばかりかかって仕事にならないので、ほとんどの場合は実行されていないが … 他店との味の違いを鮮明にするため、価値あるコーヒーを作り嗜好品として販売する。商品の一部を洗うか、全部を洗うかは経営方針で決めるとよい。
この場合、手間賃を戴くのは当然だが、あまり高いと敬遠されるので、値頃感の方を優先する。
味の違いは必ず分かっていただけるので、試飲は販売に繋がる。お米は必ず研いで炊くため、説明をするとしたらお米が一番分かりやすい。
参考文献 1:中野弘志.コーヒー自家焙煎教本.柴田書店,2001,154‐155p.
参考文献 2:中野弘志.コーヒー自家焙煎が分かる本.三省堂書店 / 創英社,2021,77‐78p.
まとめ
コーヒーを焙煎する前に生豆を洗うことの是非については、以前より賛否両論がありますが「自宅焙煎で個人的に楽しむ場合」と「付加価値のある商品として自家焙煎のお店で販売する場合」とでは、考え方が少し違ってくるのではないかと思います。
● 自宅焙煎で個人的に楽しむ場合の考え方
… 自分の好みで判断する。
・生豆を洗うと、スッキリした味になりますが、人によってはコクがないと感じるかもしれません。
・コーヒーはあくまでも嗜好品なので、一度試してみて自分の好みで判断するのが一番です。
● 付加価値のある商品として自家焙煎のお店で販売する場合の考え方
… お店で販売する商品として考える。
・いちいち生豆を洗っていたら手間ばかりかかって仕事にならないので、ほとんどの場合は実行されていませんが … 他店との味の違い(スッキリとクリアな味わい)を明確にするため、付加価値のある商品(嗜好品)として販売するという選択肢があります。
・商品の一部を洗うか、全部を洗うかは経営方針で決めます。
・この場合、手間賃を戴くのは当然ですが、あまり高いと敬遠されるので、値頃感を優先します。
以上、この問題に興味のある方の少しでも参考になれば幸いです。


